吉祥寺東方医院

東洋医学〔内科・皮膚科・アレルギー科・神経内科〕・鍼灸・整体・
リンパマッサージ・アロマセラピー
三浦於菟先生講演会のご案内 〜東邦大学薬草園講演会「漢方事始め」〜
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    ☆第31回東邦大学薬草園一般公開講演会 『漢方事始め

    講師:吉祥寺東方医院長/邦大学医学部客員教授 三浦於菟

    《漢方薬草のひみつ》

    人に秘密があるように、薬草にもあるたくさんのヒミツ。

    そのヒミツを少しのぞいてみましょう。

    人にもまけないその個性的な姿に驚かれることうけあいです。


    講師:講談師 神田織音

    《華岡青洲〜本朝麻酔手術事始め〜》

    「これまで誰も治せなかった病を治したい」。

    この思いから、東洋医学主体の江戸時代、西洋医学に先駆けて

    全身麻酔手術を行った医聖、華岡青洲の物語。


    ************************************


    【日 時】平成27年5月23日(土) 開場/午後12時30分 開演/午後13時

    【場 所】東邦大学  薬学部  C館101講義室 

         〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1

    会 費入場無料

    定 員300名(定員になり次第、締め切らせて頂きます) 

    【申し込み・問合せ】東邦大学入試広報課

              Tel  047-472-0666       Fax  047-479-5661

              http;//www.toho-u.ac.jp

    | tohoiin | 講演会 | 15:26 | comments(0) | - | - |
    三浦於菟先生講演会のご案内 〜漢方講演 漢方名称物語への誘い〜
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      ☆第65回日本東洋医学会学術総会市民講座 漢方講演『漢方名称物語への誘い





      ◉もし漢方薬の名前がカタカナだったら−漢字表記だからわかるその働き−
       

      アセトアミノフェン。薬の名前です。これ当然読めますね。車の名前だってカタカナだし、なんか効果ありそう。では、意味わかりますか?

      リッコウサン。漢方薬の名前です。読めるけど、西洋薬の名前と同様、意味不明。でも漢字で立効散と書くと、少しわかる気がしませんか。効の字から、効果がある薬なのだと。

      立の意味はわからない?いやいや実は理解可能なのです。立とは立春、立夏の立です。立春とは2月初旬で、これら春が始まる時期、すぐに春になる時期。つまり立とは、すぐに、という意味なのです。立効散とは、すぐに効果がでる粉の漢方薬(散剤)という訳です。主に歯痛や口内炎に使用されます。歯痛ほど、すぐに治ってほしい痛みもありませんしね。麻雀のリーチは立直と書きますが、これはもうすぐ上がるよという宣言となります。

      アセトアミノフェンとは、感冒や歯痛、疼痛などに使用される解熱鎮痛薬です。西洋の立効散と言うわけです。

       真武湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯、五淋散、平胃散。このように漢方薬の名前は、漢字だらけで、非常に取っつき難く感じられます。でも漢字だからこそ、西洋薬に比べ、理解する事ができるのです。漢字の名前には、漢方薬理解の秘密が隠されているとも言えます。今回の講演では、その秘密を皆さんに楽しくそっと教えます。講演を聴けば、漢方薬がきっと身近なものと感じられるでしょう。

       そこで講演に先立ち、まず予備知識を。漢方薬の名前の代表的な付け方には、次のようなものがあります。

      ①重要な働きをする生薬による命名…葛根湯は葛根が重要な働きをします。

      ②方剤の働きよる命名…先の立効散がそうですが、他に大腸を潤し便秘を改善する潤腸湯などがあります。その他、啓脾湯、平胃散、温清飲、加味逍遙散など。

      ③方剤が適応される病気の状態…打撲の改善に仕様される治打撲一方などがあります。その他、四逆散、五淋散、当帰四逆加呉茱萸生姜湯など。

      ④中国思想による命名…小青竜湯は、東方と春の神様である青竜から付けられました。その他、六君子湯、真武湯、白虎加人参湯、女神散など。

      ⑤構成生薬の数による命名…八味丸は、八つの生薬から構成される所からの命名です。その他、六味丸、五苓散、四物湯など。

       最後に、最も絶妙で気の利いた漢方薬の名前をあげましょう。それは帰脾湯(きひとう)という薬です。その由来は講演でお話ししますが、ヒントを書いておきます。皆さんで考えてみて下さい。

       ①帰は当帰という漢方薬。②帰には、帰着する、責任の所在などの意味がある。③脾とは胃腸の意味。

       では629日日曜日の午後1時に、有楽町東京国際フォーラムでお会いいたしましょう。



      ◉もし漢方医学が滅んでいたら−滅亡から救った医師、和田啓十郎とは?
       

       1000年以上前から、日本人の健康に貢献してきた漢方医学。実は一度滅びかけた事があったのです。

      明治時代初期、時の政府は、西洋医学を日本の医学とする方針を固めました。医師は西洋医学を学んだ者だけとしたのです。世は文明開化の時代、古いものは見捨てられた時代でした。こうして漢方医学を学ぶ人は、ほとんどいなくなり、滅亡寸前までになったのです。

       医学とは人を治すものだ。西洋とは、風俗生活習慣が異なる日本人に、ふさわしい医学があるはずだ。いやかってあったのだ。漢方医学の復興普及こそ、今の日本には必要なのだ。この切なる思いから、明治時代末期、漢方復興ののろしを上げた医師がいました。和田啓十綫萓犬任后先生は『医界の鉄槌』を出版し、これを契機として漢方医学は徐々に普及し始めたのです。

      もし和田先生がいなかったら、漢方医学は今日、滅んでいたかもしれません。滅んでいたら……。病気の治療手段が、確実に少なくなっていたはずです。

       では一体なぜ、先生はのろしを上げたのでしょうか?そこには、壮絶な経験と思い入れがありました。では『医界の鉄槌』は、医師達から歓迎されたのでしょうか?和田先生は世の常を、しみじみと知る事となるのです。

      和田先生は、野口英世と同じ済生学舎(今の日本医科大学)に学びました。漢方の滅亡から救った和田先生。もっと知られても良い医師といえます。

      今回の市民講座では、ベテラン講談師神田香織師匠が、和田先生一代記を語ります。和田先生の思いと情熱が私たちの胸を打ち、その時代に生きていたが故の悲しみと切なさが、私達の「こころ」に響くでしょう。本講談は、他では聞くことのできない、神田師匠の創作講談です。

      | tohoiin | 講演会 | 12:16 | comments(0) | - | - |
      “オットー博士”こと、三浦於菟先生の講演会が決定!!
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          毎日新聞の連載で大好評  “オットー博士”こと、三浦於菟先生の講演会が決定!!


        『東洋医学と養生』〜“養生”は、あなたの生活そのものに息づいています〜     

                          講師:東邦大学医学部  客員教授 三浦於菟先生


         『東洋医学は日本民族が守り育ててきた、日本人に最も適した民族伝統医学といえます。東洋医学では昔より養生法、つまりいかにして病気を防ぎ健康に生きるかを考えその方法を示してきました。養生法は、東洋医学の考え方から導き出されたものですが、実はだれでもすぐ理解可能な方法なのです。そこで養生の具体的方法を、皆様と考えていきたいと思います。』(三浦於菟)


        [日 時]2014年2月15日(土) 10:00~11:30

        [場 所]武蔵野商工会議所 ゼロワンホール 

             東京都武蔵野市吉祥寺本町1-10-7-4階  *吉祥寺ロフト裏(吉祥寺駅徒歩5分)

        [参加費]一般 2000円 、学生 無料 (おみやげ&資料付き)

        [主 催]養生塾 

        [後 援]吉祥寺東方医院


        【お申込み方法】

        下記の3つの方法より、講座名「東洋医学と養生」、お名前、ご連絡先、をお伝えください。

        ①吉祥寺 東方医院     0422-21-7211

        ②養生塾mail      

        ③養生塾HP 申込欄  



         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


        主宰:養生塾より 


         みなさまへ

         今回は、吉祥寺東方医院長で東邦大学医学部客員教授でもある三浦於菟先生をお迎えし、受講後すぐに私達の生活に活かせる“養生法”についてお話しをして頂きます。三浦先生は、現在毎日新聞で“オットー博士のなるほど東洋医学”というコラムを連載中です。このコラム、私達の身近なものを取り上げながら、東洋医学の考え方を、時にユーモアを交えて、やさしく興味深く解説しています。「日本人である事が、こんなに面白いことなのか」と大好評のコラムです。とはいえ、三浦先生のお話しを直接お聞きする機会は、なかなかありません。今回は、三浦先生に特別にお願いし、この講演会を実施する運びとなりました。

        是非、この機会をお見逃しなく!!


        【未来を担う皆さんへ】

         健康なのは当たり前と思っている中高校生や大学生の皆さん。養生法について知る事は、今の生活や今後の社会生活で、かならず役立つ事と思います。三浦先生の楽しいお話しは、健康について考える良い機会になると思っています。未来を担う皆さんにおおいに期待して、中高校生・大学生は無料にさせて頂きます。


        【おみやげと資料】

         今回、後援の吉祥寺東方医院のご好意から「漢方入浴剤」を参加された皆様に差し上げます。この入浴剤は、良質の漢方薬で造られており、漢方薬としても服用できるものです。私もこの入浴剤を使用しましたが、その時の気持ち良さは想像以上でした。その驚きをおすそわけしたいと思っています。また養生法の講演内容の資料、これまでの毎日新聞のコラムもお持ち帰り頂きます。お友達やお子様方もお誘いいただき、多数の皆様のご参加を心よりお待ちしております。

                                     

                                             養生塾               

          

        2/15講演会チラシ 

        | tohoiin | 講演会 | 15:50 | comments(0) | - | - |
        漢方医学と東洋医学はどう違うの
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           平成25年6月6日毎日新聞掲載−「オットー博士のなるほど東洋医学」を修正加筆したものである


           東洋医学は5〜6世紀ごろ、中国から渡来した。それ以前の医学がどんなものだったか定かではないが、民間薬や温泉療法などはそのなごりであろう。例えばハトムギはイボ取りの漢方薬(薏苡仁)だが、中国にはない日本独自の使い方だ。

           「漢方医学」とも呼ばれるが、江戸時代中頃に広まった蘭方医学と区別するために生まれた名称である。漢は漢民族、蘭はオランダ。ただし蘭方医といっても基本は漢方医学で、主な蘭方医学は外科や種痘であった。世界初の麻酔手術をした華岡青洲が、麻酔薬に漢方薬を使ったことからもそのことがうかがえる。

           しかし1883(明治16)年、医師の資格が 西洋医学を学んだ者のみに与えられることとなり、漢方医学は禁じられることはなかったが衰退に向かう。西洋文明に傾斜していった時代ではやむを得ない流れだった。このころから、西洋医学に対する概念として「東洋医学」という名称が登場した。ただしこれも日本独特の呼び方だ。

           中国に留学した時、「東洋医学を学びに来た」と言ったら妙な顔をされた。「東洋」は中国語では日本を指す。「なぜ中国までわざわざ日本の医学を学びにきたのか」と受け取られたのだ。

           中国語で「東洋参 」といえば日本産の漢方薬の人参を意味する。多くの人に「朝鮮人参」と呼ばれているが、日本でも長野や福島で栽培されている。特に有名なのは島根県の大根島 産。貴重な人参を守るために「大根栽培」と偽った事が島名の由来との事である。東洋参の品質は非常に高く、中国人や華僑の間では有名ブランドとなっている。

           さて、一度は衰退した東洋医学だが、明治末には、西洋医学の偏重に対する懐疑が医師の一部に芽生え、東洋医学が再評価されるようになった。日本ではぐくまれた伝統医学として、西洋医学にはない独自性と有用性が見直されたのだ。

           居酒屋で「お酒ください」と注文したら、店員に「日本酒? 焼酎? 」と聞き返されたことがある。酒と言えば日本酒と思っていたが、酒の世界も多様化したものだ。このように異なるものを受け入れ、発展させていくのは日本のお家芸かもしれない。

          | tohoiin | 三浦先生の毎日新聞記事 | 09:50 | comments(0) | - | - |
          死んだら神様になる?−失神・神経の語源−
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            平成25年5月2日毎日新聞掲載−「オットー博士のなるほど東洋医学」を修正加筆したものである



              “チィダラカヌシャマヨと合いの手がはいる安里屋ユンタいう沖縄民謡がある。本島人には、死んだら神様よと聞こえるのも、そこになにか納得感があるからだろう。

            もしあの世で、天満宮の菅原道真公と中国の古代医家が会話をしたとしよう。私も神になりましたと菅原公。違います。もう神はないのですと医家。いや功績が認められたから神にしてくれたんですとこんな具合に、永遠にかみ合わないであろう。このように元来日本人のもっている神(カミ)と東洋医学の神(しん)とは、異なる考え方なのである。

             現在神には、三つの用法があり混乱しているようだ。すなわち①和語のカミ。本居宣長は(カミとは)優れて常ならざるものと述べている。古来、野球の神様のように、素晴らしいものをカミとしてきた。したがって、どこにでもカミはいるし、万物がカミになる可能性がある。八百万のカミである。②キリスト教GODの訳としての神。そして③中国思想由来の東洋医学の神である。

             神字の示は祭壇、申は天空に伸びる稲妻を現す。神字は本来、稲妻のように超自然的な人知でははかり知れない力の意味であった。だが人を生かしている力こそ、最も神秘的であり不思議ではないか。後世、生命活動を行わせる大本、そして生命そのものを、東洋医学では神と呼ぶようになった。神があるから人は生き、神が無くなるから生命が終わると考えたのだ。失神とは生命が失われた事で、本来は意識障害を表す東洋医学の用語である。また神主とは中国語では位牌の事で、祖先の命が宿る場所からの命名であり、しんしゅと発音する。

            神経もキリスト教関連からの訳語ではない。生命(神)を調節する道(経)の意味であり、解体新書の翻訳時につくられた造語である。東洋医学の概念から生まれた的確な用語だったといえる。外来語がはびこる現在、自らの言葉で考え理解しようとした先達の熱意と伝統文化の誇りを忘れたくないものである。

             女神散(にょしんさん)という漢方薬がある。女性の生命力を高めるという意味で、産後ノイローゼなどによく使用される。出産のため心身共に疲れ果てながらも、子育てに「こころ」は異常に高ぶっている母親の薬である。「こころ」をおだやかにし(安)、体を滋養する(栄)働きより安栄湯ともいわれる。初めて我が子をだく母親は、本当に美しい。とすれば、すでに女神(めがみ)のような女性の薬ともいえようか。

            | tohoiin | 三浦先生の毎日新聞記事 | 12:07 | comments(0) | - | - |
            個人無視こそヤブ−ヤブ医者の語源−
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               平成25年4月11日毎日新聞掲載−「オットー博士のなるほど東洋医学」を修正加筆したものである

               いきなり名医の漢方教室風 に始めるのも気が引けるので、ヤブ医者の話を。

               この語源には諸説ある。一つは「野巫(やふ)」。野は民間、巫はみこの事で、理論ではなく祈祷で病気を治す医者という意味である。腕がないくせに「兵庫県養父(やぶ)市の名医から習った」と吹聴する医者という説もある。

               ヤブには「以て非なるもの」「〜のようなもの」との意味がある。例えば、ヤブジラミという草は、シラミのような実をつけるところから命名された。つまり医者とは言えない「医者もどき」、というわけだ。

               古典落語に 「葛根湯(かっこんとう)医者」がある。「腹が痛い」という患者に「それは腹痛という病である。葛根湯を出そう」。「頭が痛いのです」という患者には「それは頭痛だ。葛根湯を出そう」。付き添いの人にまで「さてそちらの方は。付き添い? では葛根湯を飲みなさい」という具合。どんな病気でも葛根湯を出してしまうヤブ医者の話である。

               ただしこの医者、あながちヤブとも言えない。葛根湯は漢方薬の一種で、非常に応用範囲が広い。中身は、桂枝湯(けいしとう) と麻黄湯(まおうとう) を合わせたものに近く、この二つの薬が効く症状をおおむねカバーできるのだ。「とりあえずビール!」ではないが、風邪 の引き始めには「とりあえず葛根湯」でよい根拠も、それなりにある。

               とはいえ、東洋医学では、個人の症状に合わせて漢方薬を使い分けることが重要視される。同じ悪寒のある風邪でも、元気な人には麻黄湯、悪寒が弱くじっとりと汗が出る人には桂枝湯。葛根湯は、肩や首のこりを伴う場合にいい。朝起きたら首が回らない、寝違えたような状態は、風邪の引き始めのことも多く、この場合には葛根湯が効果を発揮する。「ゾクッと肩こり、葛根湯」というわけだ。

               このように、東洋医学は、きちんとした理論や考え方に基づき、個々人の状態を把握し治療していく医学である。そうなると、症状の個性を考慮せず「風邪」と診断されれば同じ薬を機械的に処方する医者こそ、ヤブ医者と言うこともできる。

               ヤブといえば、「神田やぶそば」が残念な事に火事で焼けてしまった。こちらの由来は、竹やぶが近くにあったからと伝えられるが、「ウチのは蕎麦でも蕎麦もどきだよ 」という江戸っ子らしい洒落気から来ているのでは、と想像したりしている。

              | tohoiin | 三浦先生の毎日新聞記事 | 11:50 | comments(0) | - | - |
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